Monday, November 19, 2012

「外」の翻訳と「内」の翻訳




「生きるというのは翻訳することです。」

最近、色々な翻訳についての記事を読んだ通り、この考えが出てきました。皆さんは多分この考えを変だと疑うかもしれません。では、ちょっと説明します。

翻訳の普通の定義はある言語を同じ意味の別の言語に変換すること です。「言語」と「意味」を抽象的に考えたら、「翻訳」はやっぱり広い意味があります。目は光の言語をイメージに翻訳して、耳は音波の言語を音とか音楽と か言葉に翻訳します。そして、考えるとき、脳は外の具体的なものを内の抽象的な考えに翻訳します。でも私にとって、一番面白い「翻訳」というのは「言葉から考 えへの翻訳」と「考えから言葉への翻訳」です。

例えば、「みかん」という言葉を考えて、その言葉は「オレンジ色の果物」というものを思い起こさせます。このような「内」の翻訳ができるのは人間の特別な特徴です。人間の脳にその能力がなかったら、私達は動物のように話せません。

それに、実は言語の翻訳はこのような「考えから言葉への翻訳」の種類です。何かをある言語から他の言語に翻訳する時、その物の考えの「名前」を変えます。例えば、「オレンジ色の果物」は「みかん」だけじゃなく、「Orange」になります。

文書グループと「ためいき」

今週、私の詩をいつも読む中島力さんの詩を読みました。タイトルは「ためいき」です。この詩は本当におかしくて、面白いです。(はじめ節は「こころがおならをする」です。)他の詩と本当に違いますので、好きです。リンクは:ここ

他のは、今週PoetrySNSの「文書グループ」にちょっと参加しました。このグループは似いている詩を集めて、 ひとまとめにします。例えば、「宇宙詩」や「愛詩」は自分のグループです。これから、このグループを使って、詩と他の詩の関係に気付きます。

Monday, November 12, 2012

食べ物


「深夜食堂」というマンガ知っていますか?

今週、そのマンガのはじめの章を読みました。本当に好きでした。どうして好きかというと、食べ物と人々の感情の関係をよく見せていると思うからです。例えば、はじめの章のタイトルは赤いウィンナーです。その章の話に、「竜ちゃん」というヤクザの人はいつもいつも小寿々さんに赤いウィンナーを分けます。そして、小寿々さんはいつも自分の甘い玉子焼きを竜ちゃんに分けます。この二人の特別な友情は食べ物のおかげです。

私は食べ物はやっぱり感情と記憶に強い影響があると思います。大体皆の一番好きな食べ物は家族とか特別な経験との関係があります。例えば、私の一番好きな食べ物は母の「焼き飯」です。実は本当に簡単な食べ物ですが、おいしいです。ご飯を熱いなべに入れた時のシューシューという音でよだれがいつも出ます。

食べ物は生命に必要なだけじゃなく、文化の大切な部分です。日本でもアメリカでも、祭日は自分の特別な食べ物があって、各文化にもその特別な「味」があります。そして、面白い質問を思いつきました。ある文化を勉強したら、その文化の食べ物を食べなければならないと思いますか?私にとって、「日本」と思えば、「米」とか「味噌」を思い出さずにはいられませんが、皆さんにとってはどうですか?ある国の食べ物を食べずに、文化が分かると思いますか?


和食

短歌

今週、短歌を一つ書きました。(リンクは:ここ)まだ自然な日本語で書くのは問題だと思います。 勉強するために、俵万智の短歌を少し読んでいます。彼女の優しいスタイルが本当に好きです。ロマンチック詩も好きだから、俵万智の詩はちょうどいいです。

Thursday, November 8, 2012

テセウスのパラドックス



 
「翻訳」と「翻案」の違いを知っていますか?簡単に言えば、翻訳というのはある作品の言葉を他の言語に変えることです。その一方、翻案というのは、文字通りに翻訳しなくて、作品に何重も重なる言語的文化的のコノテーションについて考えて、元の作品を編み直すことです。つまり、翻案の考え方は、一語一語言葉を別の言語に置き換えてみても、その作品を効果的に再現できないということです。

前のポストで私は翻訳と電子の関係について話しました。そして今日、翻案に関して、またちょっと変な似ているものを思い出しました。私にとって、翻案は面白いですが、中心に大切な問題があります:何かを翻案するとき、原作をどれほど変えたら、まだ原作を踏まえていると言えますか?実はこの問題はとても有名なパラドックスに似ています。

「テセウスのパラドックス*」って知っていますか?簡単に言えば、このパラドックスは、ある物体の全ての部分が置き換えられたとき、基本的に同じであると言えるのかという問題です。翻案は「置き換える」ことじゃないので、ちょっと違いますが、面白い問題だと思います:何かをちょっと変える時、どのぐらい変えたら他のものになりますか?

パラドックスなので、答えがないかもしれませんが、私にとって、翻案は原作の感じを伝えていても、言葉とか意味はそんなに変えられたので、翻案はやっぱり違うものだと思います。

*他の名前は: テセウスの船